2008年10月30日木曜日

みどりのセミナー「礼拝式文の学び」1のご案内

ルーテル三鷹教会では、例年「みどりのセミナー」と題して、春から夏の時期に聖書やキリスト教についての連続セミナーを行っています。

今年度は、ルーテル教会で用いられている「礼拝式文」について、4回シリーズで学びます。

講師は石居基夫先生(ルーテル学院大学准教授)です。

第1回は6/22(日)の礼拝終了後(12時ごろ)、そのままチャペルにて行われます。

たくさんのみなさんのご参加をお待ちしております。

[説教要旨]2008/6/15「思い悩むな」

(聖霊降臨後第5主日)

初めの日課 イザヤ 49:13-18
第二の日課 1コリント 4:1-13
福音の日課 マタイ 6:24-34

 本日の短い福音書箇所の中で、「思い悩む」という言葉が6回も用いられている。それは私達人間にとって「思い悩む」ということが、どれほど大きな問題であるか、ということを物語っている。私達人間は思い悩まずに生きることが出来ない。

 思い悩みの原因として、食べ物、衣服がここでは触れられている。たしかに衣食とは、人間生活にとっては不可欠な要素である。しかし命と食べ物、体と衣服が、主イエスの言葉の中で比べられる。食べ物、衣服、それは、もともとの原料は自然のものではあるが、それが「食べ物」「衣服」となるのは、いわば人の手によってである。その意味では、思い悩みの原因は人の手によって作られたものである。それに対して、命と体を作ることは人間の手によっては不可能である。命を作られ、私達に体を与えられるのは、創り主である神だからである。

 空の鳥、野の花、それらは神の作り出したままの姿で生きている。ソロモンの栄華は、人間の目から見るならば豪華なものであったが、その栄華は一時のものに過ぎなかった。むしろその栄華こそ、思い悩みを生み出す源であった。ソロモンを連想させる、エルサレムの王、ダビデの子の口を借りた旧約聖書のコヘレトの言葉は、「しかし、わたしは顧みた。この手の業、労苦の結果のひとつひとつを。見よ、どれも空しく風を追うようなことであった。太陽の下に、益となるものは何もない」と語る。私達の心を思い悩ませるものは、実に、いずれ過ぎ去ってゆくものでしかない。しかし、その過ぎ去ってゆくものによって、私達の日常生活は支配されてしまっており、それらのために思い悩まずにいられないのである。それに対して、野の花の美しさはソロモンの栄華が失われた後も、変わることなく人々の心を慰める。

 「何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい」と主イエスは語られる。神の国も神の義も、人間の手によらないもの、創り主である神の手によるものである。そして、そうであるからこそ永遠のものである。それらは、私達の思い悩みを生み出している私達の日常の生活の外側にある。無限の神の愛の前では、限られた世界・限られた時間の中でしか物事を測ることの出来ない、人間の尺度はもはや意味を持ち得ない。そして、この無限の神の愛、それはこれらの言葉を語られる主イエスその方に他ならないのである。

[説教要旨]2008/6/8「背を向けてはならない」

(聖霊降臨後第4主日)

初めの日課 レビ記 19:17-18
第二の日課 1コリント 3:10-23
福音の日課 マタイ福音書 5:38-48

 「目には目を、歯には歯を」それは人間的な理性からすれば極めて妥当な論理である。しかし、主イエスは「しかし」と語られる。

  主イエスが語る言葉は、理性的な論理基準を大きく逸脱するものであり、それはいわば人の目には馬鹿げたことのようにすら映る。実に、私たちがこれらの言葉を全て文字通りに守ることは極めて困難であるように思われる。

  「下着をとろうとするものには、上着をも取らせなさい」という言葉は、いわば無一文になることを薦めるものであるとすら言える。「悪人に手向かってはならない」という言葉は、命をも含む全てを失う危険すら予感させる。こうした危機的な状況を背景としつつ、この人間の論理を大きく逸脱した言葉の土台となっているもの、それは神への深い信頼であるということが出来る。神の信頼性・信用は揺るぎない。したがって、その信頼性の上に立つ限り、財産も、あるいは自分の命ですら失うことに、何の不安を持つ必要も無い。主イエスの言葉は、そうした神への深い信頼に私たちが立つことを求めている。

 この神への信頼において、主イエスはさらなる教えを語られる。「求めるものには与えなさい。あなたから借りようとするものに背を向けてはならない」。そして「敵を愛しなさい」。これらの言葉は、私たちの人生における視線の向きを、自分自身の生活の中だけへと向かう内向きの方向から、自分たちの生活の外側の世界へと向けさせる。私たちは、自らの生活を守るため、敵を追い払い、あるいは自分たちのものを奪った敵を追いかけ奪い返す。あるいは、自分の持てるものを守るため、時として私たちは、私たちに求める者に背を向ける。けれども、主イエスの語る言葉は、敵を「追いかけ」そして「与える」生き方である。それは敵あるいは他者と自分との区別を無意味にしてしまう。それは神の恵みは敵・他者と自分と区別を超えて与えられているということ、それは一つところに留まるものではなく、溢れ出てゆくものであるということ、それを留めることは人間には出来ないということを今一度強く思い起こさせる。それは与えることによってはじめて実を結ぶ恵みである。私たちが、他者に背を向けるとき、それは私たち自身が神の恵みに背を向けているのである。

 神の恵みは、私たち人間の理性を超えて溢れ出てゆく。そのことに関する信頼性は、たとえ財産を失う危機にあっても、あるいは命を失うような危機にあっても揺るがないことを主イエスは語られる。

第2回JELA-JELCカンボジア・ワークキャンプ

2008/9/4(木)~12(金)に第2回のカンボジア・ワークキャンプが予定されています。

対象は18歳以上(ただし高校生は付加)です。

詳細は、日本福音ルーテル教会海外連帯ブログをご覧ください。

[説教要旨]2008/6/1「争いのあるところに和解を」

(聖霊降臨後第3主日)

初めの日課 申命記 30:15-20
第二の日課 1コリント 2:6-13
福音の日課 マタイ福音書 5:21-37

 山上の説教と呼ばれるマタイ5-7章は、物語の中では直接にはイエスの弟子たちを前にして語られている。その意味で山上の説教とは、主イエスを信じる群れに対する教えである。しかし山上の説教で語られている教えを日常生活の中で全て守ることは極めて難しい。古代よりこのことは多くの論争を生んできた。

 しかし山上の説教で最も重要なことは、私たちがこれらの教えを守って、正しいものとなれるかどうかではない。もしそれを欲するならば、私たちはそれを実現することの出来ない自らの限界を思い知るだけである。むしろ主体の転換が必要である。これらの教えを聴く弟子たち、ひいては今聖書を読む私たちがこの場の主体なのではなく、ここで語られている主イエスこそが主体なのである。主イエスが、主イエスを信じ従う群れの中心で語りかけられるからこそ、これらの教えは現実のものとなりうるのである。

 ここでは争いの相手は、兄弟あるいは同行者として示されている。それらの言葉は、争いの相手とは、いわば日常の中で自分自身に最も近い存在であることを示唆する。最も近い相手に私たちは自分と同じように感じ、同じように行動することを求めてしまう。しかし、実際には不可能であることを私たちは知っている。私たちは自分の望みが決して実現することなどないと知りながら、最も近い相手にそれを求めてしまう。そしてそうであるからこそ、私たちは互いに衝突し、対立しあうことを避けることが出来ない。そしてさらに、私たちが自分の意志の力によってそれを解決しようとする限り、そうした衝突と対立を乗り越えることが出来ない。それはいわば溺れる自分を自分で引き上げようとする事と同じだからである。

 だからこそ、もしそこに宥和と和解が生じるのだとするならば、それは主イエスが私たちの間で語られているからに他ならない。私たちは、人の言葉ではなく、主イエスの言葉が私たちの間で語ることを求めなければならない。主イエスは十字架と復活によって、人の思いと理解を超えた、神の和解の業を示された。キリストはわたしたちの平和であり、その肉によって敵意という隔ての壁を取り壊された(エフェソ2:14)。争いのあるところに和解を求めるということ、それは主イエスが私たちの間に立ち、私たちの対立と衝突をとりなされることを求めることなのである。

タイ・ミャンマー難民キャンプへの古着支援

世界のルーテル教会のネットワークを通じて活動している海外支援NGO「わかちあいプロジェクト」で、今年度も難民キャンプへの古着支援の受付が、2008/6/2-14の間に行われます。

今年度はタイにあるミャンマー難民キャンプが支援先となります。

ご協力いただける際には、必ず送付先・受付期間・受付できる衣料の種類などの説明についてよくお読みください。
(衣料の送付は、当教会やわかちあいプロジェクト事務局宛てではなく必ず受付期間内輸送コンテナ倉庫に直接に送っていただくことになります。)

なおわかちあいプロジェクトでは併せて支援先への古着の輸送費のための募金(ダンボール一箱あたり1,500円)を必要としています。

ご理解とご協力をよろしくお願いいたします。

2008三鷹教会バザーのお知らせ

日時:2008年6月15日(日)正午~午後2時

場所:ルーテル学院大学構内 食堂
主催:日本福音ルーテル三鷹教会


皆様恒例の教会バザーがやってきました。
三鷹教会のバザーでお買い物をしながら、午後のひと時を楽しみましょう。

□ 日用品 ・雑貨 ・衣類などなど各種取り揃えて皆様をお待ちしています。
□ 今年は子供達の遊び場・ゲームコーナーを設けました。
□ 焼きそばや赤飯など昼食も用意しています。 コーヒーやケーキの喫茶コーナーもあります。

会場の案内は三鷹教会HPからご確認ください